毎日、命をいただいていることについて考えていました
昨日の2年生のあるクラスでは、「ゆきひょうのライナ」という題材を使い道徳科の授業が行われていました。この話は、厳しい冬が終わり春になり、主人公のゆきひょうの子どもライナが、川の中で自由に泳ぎ回る魚に見ていると、ライナの目の前で、さぎが魚を捕まえました。そして、きつねが子うさぎを捕まえようとするところを見て、ライナは思わず大声をあげてしまい、きつねは獲物を逃してしまいました。「獲物を捕らなければ,こっちが命をなくしてしまうんだよ。」ときつねに叱られ、自分の考えと合わない悲しさにライナは座り込んでしまいます。そこへ何十年もこの山で生きてきたみみずくのおじいさんから「無駄な命は一つもないこと」「食べられたものは食べたものの命のもとになっていること」「なくなった命の分もいっしょうけんめい生きていくこと」を教えられるという話です。
担任の先生は、どんな食べ物か好きかを聞いた後に、君たちが食べている「とりやブタ、牛」も人間の手でみんなが食べているお肉に変わっているのだというような話をしていました。この話から、人が生きていくために食べる。食べることは「命をいただき、命をつなぐ」ことだということ。好きな時に、好きなものを、好きなだけ食べることができる今、食べることは、他の命をいただくことであることをあらためて知り、食べられるために亡くなった命を無駄にせず、命をいただくことに感謝し、食べものを大切にできる人になってほしいと願っています。いただいた命の分も精一杯生きてほしいと思います。
クラスのみんなで、わらべ歌で手遊びしました
「ずいずいずっころばし」というわらべ歌の手遊びを、昨日、2年生のあるクラスで全員で輪になって遊んでいました。2年生も、今のクラスともあと少しでお別れです。楽しい思いができましたね。
春を見つけに
昨日の午後の授業で1年生のあるクラスは、春を見つけにと言う授業を行っていました。春の温かな日差しの中で、春になったと思うときは、着ている服が軽くなった時と言う意見が出ました。そのあとは、校庭で春を探していたようです。
6年生の廊下は
6年生は、卒業式までいよいよ5回の登校となりました。そんな6年生の廊下の掲示物は子どもたちの元に戻っていきました。廊下を見るとさびしい気持ちがより強くなります。